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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4304号 判決

原告

牧野茂

右訴訟代理人弁護士

橋本紀徳

被告

品川燃料株式会社

右代表者代表取締役

山本市造

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

高津幸一

右当事者間の退職金請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して一〇一六万二五三九円及び内金八九〇万九二二九円に対する昭和三九年一二月二六日から、残金一二五万三三一〇円に対する同四八年九月一〇日から各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

(以下事実略)

理由

一  昭和三九年一二月一日、原告は、被告との間において、LPガスの容器管理の事務に従事する旨の雇用契約を締結し、同日から被告の多摩営業所において勤務したこと、当初、原告は、臨時従業員として処遇されていたため、被告に対して再三正社員として処遇するように申し入れたこと、同四七年一一月二五日、原告と被告間において、原告を右入社時の同三九年一二月一日に遡って事務正社員とする旨の合意が成立し、その旨の覚書が取り交わされ、同四八年八月二〇日その旨の労働契約書が作成されたこと、原告は、同年九月九日、五七歳の定年に達したので、退職したことは当事者間に争いがない。

二(差額賃金の請求について)

原告は、被告と原告間において、昭和四八年八月二〇日に労働契約書を作成し、被告は原告に対し入社日の同三九年一二月一日に遡って正社員として処遇する旨確約したのであるから、原告の賃金もまた、右入社日に遡って他の正社員と同額としたうえ、じ後同様に昇給したものとして原告の退職日(同四八年九月九日)までの賃金を算出し、支払うべきである旨主張するので、判断する。

前記争いのない事実に加え、(書証・人証略)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、職業安定所の中高年層雇用促進の要望に応じ、昭和三九年一二月一日、原告を臨時従業員として採用し、プロパンガス容器の出し入れを台帳に記入する業務に従事させていたが、原告は、同四三年に交通事故に遇ってから、健康状態が悪く、出勤率などの勤務成績も不良であったこと、しかし、原告は被告に対して再三正社員として処遇するように要望していたこと、

2  昭和四七年夏ころに至り、被告は原告の要望に応じ、恩恵的に原告を入社日に遡って正社員として処遇しようと考えるようになったが、正社員と臨時従業員とでは賃金などにも隔差があるため、原告について右のような取扱いをするについては、先ず、その本給をいくらにするのか、過去の賃金をどのような形で精算したらよいのかということが先決問題であり、この問題が解決された段階において原告を入社日に遡って正社員として処遇することとし、同年八月ころから原告と右問題についての話し合いを進めていた。同年一一月一一日、原告と被告東京支店多摩営業所長平塚忠との間に、入社日から同年一〇月分までの差額賃金、同年一一月分からの賃金及び退職一時金についての勤続年数に関する合意が成立したので、同月二五日、右内容を覚書とし、双方がこれに署名捺印した。右覚書には、「別紙労働契約書を締結するにあたり、下記の事項を確認し、今後双方が円滑な雇用関係を維持してゆくものとする。(1)昭和四〇年四月分より同四七年一〇月分迄について会社が組合と協定した額を基準として算出された一三九万九五〇一円を支払い、これ迄の入社時以来金銭的問題等を全て精算する。(2)同四七年一一月分より給料支払については基準内賃金を次のとおりとし、今後同四七年四月改正により就業規則並びに会社の定めた同規定により原告は就労するものとする。基準内賃金の内訳は、本給七万〇二六五円、勤続手当三六〇円、住宅手当三八〇〇円、家族手当二八〇〇円、合計七万七二二五円である。(3)退職金一時金については同三九年一二月一日入社時より勤続年数を計算する」と記載されていること、右差額賃金及び本給の算出根拠などについては、同月一一日、被告側から原告に対して十分な説明がなされ、原告もまたこれを納得したものであること、そこで、被告は、右覚書に基づく措置として、同四七年一二月一日、原告に対し、同三九年一二月一日付の「社員(試用員期間二か月)として採用する」旨の辞令を交付したこと、右辞令内容は、就業規則第九条が「会社が新に雇入れた場合二か月を限り試用期間を設け試用員とする」と定めているので、形式上、これに倣ったにすぎず、原告を入社日に遡って正社員として処遇する旨の右合意の趣旨を変更したものではないこと、更に、被告は、右覚書の別紙として、これと一体をなす労働契約書を作成することにしたが、原告が就業規則第八条に基づく身元保証人二名連署の身元保証書の提出をしないために同契約書の作成が遅れ、同四八年八月二〇日、被告は、やむなく右身元保証書の提出がないまま、右労働契約書を作成したこと、同契約書には、「甲は乙を昭和三九年一二月一日身分事務正社員として採用し、就業規則・給与規定その他の当社諸規程に定めた労働条件により雇用する」との記載があるが、被告は、定型用紙を使用し、単に、右採用日欄に「三九年一二月一日」、身分欄に「事務正社員」と記入したにとどまり、原告が右正社員資格を取得したことに伴う過去の賃金の精算等に関する右覚書の内容を変更するものではないこと、したがって、被告は原告に対し、同四七年一一月分から右覚書記載の基準内賃金(本給七万〇二六五円、勤続手当三六〇円、住宅手当三八〇〇円、家族手当二八〇〇円、合計七万七二二五円)を支払い、同四八年四月分からは、本給八万一四七五円(但し、右本給七万〇二六五円と同年五月七日付の労働組合との間に締結された同年度の昇給についての協定に基づく年齢加算額一九六〇円、ベース・アップ額八六〇〇円、給与規程に基づく定期昇給額六五〇円の合計額)となったので、原告の退職日まで右賃金(但し、本給八万一四七五円に右勤続、住宅及び家族手当を加えた額)を支払っていたこと、また、右覚書に基づく差額賃金の精算金一三九万九五〇一円についても、被告は、原告との合意に基づき、右覚書作成のころから、貸付金という名目で何回かに分けて合計一三三万九五四四円を交付し、その余の五万九九五七円については、右一三九万九五〇一円に対するいわゆる源泉徴収税額(一一万余円)の一部に充当するために支払を留保し、右労働契約書が作成された同四八年八月二〇日、原告と被告間において右貸付金と右差額賃金精算金一三九万九五〇一円とを相殺する旨の合意をし、右覚書に基づく差額賃金精算金に関する処理が終了したこと、

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前顕証拠に照らして、たやすく信用することができず、その他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告が被告への入社日である昭和三九年一二月一日に遡って正社員として処遇されることになったことに伴う同月分から同四七年一〇月分までの差額賃金及び同年一一月分からの賃金については、同四七年一一月二五日原告と被告間において取り交わされた覚書内容、すなわち、右差額賃金を一三九万九五〇一円とし、また、右基準内賃金を七万七二二五円(但し、本給は七万〇二六五円)とするということが、右両者間において同四八年八月二〇日に作成された労働契約書の内容となっており、かつ、そのとおり履行されていたものであると認めるのが相当である。

そうすると、右労働契約書の作成によって、原告の右差額賃金及び昭和四七年一一月分からの賃金が右覚書の内容と異なるに至ったことを前提とする原告のその余の主張については、判断するまでもなく、採用することができない。

三(退職金の差額請求について)

1  原告が昭和四八年九月九日退職したことに伴ない、被告が原告に対し、被告の定める退職金規程に基づいて退職金を支払う義務を負い、退職金として五九万一〇〇〇円を支払ったこと、同規程に基づく退職金の算出式が別紙退職金計算書記載(但し、本給額を除く)のとおりであること、同規程が同三四年に制定されたが、その後諸物価が高騰し、経済情勢も大幅に変化していることは当事者間に争いがない。

2  原告は、退職時の本給が一二万七六四五円あるとして退職金規程所定の退職金を算出したうえ、同規程制定後諸物価が高騰などしているから、同規程に基づく退職金支払義務の履行として、右退職金額の倍額である一八四万四三一〇円から前記五九万一〇〇〇円を控除した一二五万三三一〇円の支払を求めることができる旨主張するので、判断する。

原告の退職時の本給額が八万一四七五円であることは前記認定のとおりであるから、原告の退職金規程所定の退職金額は、前記算出式によると、五九万一〇〇〇円であることが計数上明らかである。

したがって、原告主張の被告の原告に対する退職金規程に基づく退職金の支払義務の履行としては、被告は原告に対し退職金規程所定の右金員を支払えば足りるのであって、同規程制定後諸物価が高騰などしたからといって、右金額を超える退職金を支払う義務を負うものではない。もっとも、被告の昭和四七年三月末日現在における退職金給与引当金と退職給与積立金の合計が七億五〇〇〇万円であることは被告の自認するところであるが、かかる事実があったからといって、右判断になんらの消長を来たすものではない。

したがって、原告の右主張は、その余の点については判断するまでもなく、採用することができない。

四  叙上の次第であって、原告の本訴請求は、その余の点については判断するまでもなく、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 古館清吾)

別紙(略)

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